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【漫画】四丁目の夕日【ねこぢるの夫】

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鬱系カルト漫画として高確率で名前が挙がる作品。

私はべつに悪趣味志向ではないし、根本敬を頂点にした電波系にも共感しない(みうらじゅん電気グルーヴのようにサブカル出身でありながらも、結局の所オーバーグラウンドで活躍している人達は好き)。

そんなわけでこの手の漫画は敬遠していたのだが、好奇心が湧いたので結局読むことに・・・

 

  • 読んでみた感想

たしかに無限地獄の如き不幸の連続とか、父の最期などは悲惨なものだが、基本的にこの漫画はホームドラマや不良漫画やホラー映画の延長にあるもので、それほど常軌を逸しているとは思わなかった(そもそも西岸良平三丁目の夕日』のパロディだし)。

ベタな浪花節を反転させた内容であり、ある種のバランスの良さを感じる。

 

むしろ気になったのは人物描写やストーリーではなく、時代描写である。

貧困や低能の象徴として工業高校、工場、清掃業などが描かれているのだが、現代の水準からすると工業高校や工場勤務というのは意外と悪くない選択肢だ。

主人公「別所たけし」の精神は徐々に錯乱して行くが、今時うつ病なんてのも珍しくないわけで。

たけしからボンボンへ寝返った恭子は平凡な主婦という末路を辿るが、「二児の母」というのは豊かさの象徴である。

 

つまり、非正規や未婚やメンヘラがある意味当たり前という現代格差社会から見ると、困窮描写がそれほど真に迫ってこないのだ。

主人公の友人「立花英一」のような金持ちが今ではSNSで自ら金持ち自慢している。

「金持ちに格の違いを見せつけられる」というあの惨めな感覚も、もはや日常化している。

 

はっきり言わせてもらえば真鍋昌平の『闇金ウシジマくん』の方がよっぽどリアルだしえげつない。

真鍋昌平古谷実などの鬱漫画がメジャー雑誌で連載され、ドラマ化され、映画化され、人気を博している現状からすると、昭和の貧困をわざわざ追体験する必要性を感じないのだ。

 

というわけで時の風雪に耐えきれず陳腐化している部分はあるが、食堂での絶望描写、「職業に貴賎なし」という嘘八百ワードを言わせるタイミング、好意を寄せてきた婆さんの汚らしさ、よく見ると恭子の娘がベランダから身を乗り出している、たけしを懸命に治療した(ということになっている)精神科医がどうでもよさそうな表情で鼻をほじっている、再会時における恭子のたけしに対する目つき、などの悪意あるディテールは未だ強烈。

秀才が知性を剥奪されていく過程は無惨そのものである。

 

※恭子のこの顔・・・

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一番恐ろしいのは「死んで終わり」にしないオチの付け方。

たけしは壊れきっただけなのに、まるで第二の人生が始まったかのように生かされ続ける。

最底辺人間の模範として。

これほど底意地の悪い着地はそうそうない(あるとしたら『ジョニーは戦場へ行った』ぐらいか)。

 

作者の山野一さんは妻のねこぢるを亡くした後、再婚し双子を育てているそうな。

今はかつての悪趣味漫画とは大きく違う傾向の『そせじ』という「ほのぼの育児漫画」を描いている。

人生そんなもんよ。

 

『四丁目の夕日』にある種のリアリティが宿っていることは間違いないが、それが一片のリアリティにすぎないことを忘れてはいけない。

「不幸こそ世の真理」という思い込みこそが不幸なのである。

時計じかけのオレンジ』のアレックスでさえ自分の悪事を「若気の至り」と悟るわけだから、いつまでも不幸とか悪趣味に浸っていられるわけがないのだ(ただしアレックスの改心は原作小説に限る)。

 

山野さんのインタビュー動画やツイッターを見ると、彼が一定の常識を持ったまともな人物である事はよくわかる(むしろ平均よりずっと礼儀正しい)。

そうしたバランス感覚を備えた人物だからこそ、バブル時代に「全方位全力塗糞」する作品を描けたわけで、現代のように貧困や狂人が跋扈(ばっこ)する時代ではアウトロー作品を描く気にならないのも無理はない。

 

【評価】65点

【作者】山野一